梅の開花と白山麓を走った“金名線” 86

isikawanokinsan2007-02-24

今日午前中は大先輩の家に伺い、歴史や写真などについて教えて頂いた。帰り際に庭の“梅の木”にはちょうど淡いピンクの花が咲き山麓にも春の訪れが着ている事を知った。そう言えば我が家の庭の花も、今年は雪の被害もなく冬にしては賑やか咲いている。


午後からはかって(大正時代)この山麓を越え岐阜県に抜け、金沢と名古屋間を鉄道で4時間で結ぶ当時では夢のような構想をもちこれに取り組んだ人がいた。その人の名は『小堀定信』と言い、その鉄道は『金名線』と呼んだ。 「金」は金沢、「名」は名古屋の文字を表す。 


小堀定信は石川県旧鶴来町(現白山市月橋町)に生まれ、倉庫運送業「丸三」の社長だったが、鉄道以外に富樫用水に低落差発電所をもうけたり、それ以外にも林業・シリコン・カーバイドなどの販売の会社を興した常にグローバルな発想の企業家であった。今日午後は鳥越の一向一揆資料館”で開かれた歴史セミナーはこの人の業績がテーマのひとつであった。


実際にはこの構想での工事着工が始まり、段階的に区間開通がなされ金沢から白山下(川原山)まで開通に至った。 しかしそれ以後の現白山スパー林道(自動車専用道)とほぼ同じルートを通り郡上八幡(岐阜)までは財政難などの理由でついに造れなかった。 しかしモータリーゼーションの波には勝てず、ついには昭和62年に山麓の一部が廃線となり、今はサイクリングロードに変わった。 電車は北陸鉄道石川総線として現在金沢(野町駅)から“加賀一宮駅”(白山市白山町)までとなっている。


改めて詳しい説明を聞いて、とにかくものすごいバイタリティーのある人であったに違いない。 いつの世には、途方もない大きな夢に向かって行く人はいるもんである。人間何をするにも“情熱”の大切さを思う。
セミナーを終わり家路に急ぐ時、冬に戻ったように雪が舞いだした。


☆白山麓案内HP http://hakusan-no-megumi.jp/  http://www.gogo8934.jp/
北陸鉄道石川総線(金名線)案内HP http://6.fan-site.net/~haasan55/Ishikawasousen.htm


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★くつろぎの広場【幸福論】
・「人生における最高の生活とは?」
 「アメリカで給料をもらい、イギリスの住宅に住み、中国人のコックを雇い、日本人を妻にすることさ」
 「では、最低の生活とは?」
 「中国で給料をもらい、日本の住宅に住み、イギリス人のコックを雇い、アメリカ人を妻にすることさ」
             
        (世界の日本人ジョーク集より)

★歳時記
・春もやや、光のよどむ、宙のさま  (飯田蛇笏)




☆先輩の家の庭に咲く梅の花  (撮影:2月24日)

☆白山路を走る『金名線』(現北陸鉄道石川総線 (撮影:2月12日)